西邦は視界の狭い地だった。
朝は白い霧、夜は黒い影が街にはびこり行き交う人々の歩みを鈍らせた。
早朝、蔦の葉色のローブを羽織った青年は人もまばらなホームで汽車が来るのを待っていた。
幽かにむせぶ汽笛にふと顔を上げる。シルクハットを被った中年の男、ベンチで本を読む巻き髪の少女、長い眉と口髭の老人…この仕事に就いて半年を過ぎ、同じ時間に駅で見る顔は幾らかが既にお馴染みとなっていた。
街を離れ、彼―ルシフェル・アラスターがやっと下車したのは西邦最西端にある終点だ。
荒野に屹立する巨大な霊塔・カタコームにて『人間だったもの』…
目指すは最上層である66階。ルシフェルは靄のかかった頂上を見上げて目を細めると、塔の暗闇へ消えて行った。